自分≒プログラム
自分がお墓に入る時、どれくらいの人たちが泣いてくれるのだろう。
例えば人生を送る時、大事な問題に対処する時、頻繁に考えるようになった。自分がお墓に入る時、「あいつは間違っていなかった」と思われることが、人生最大の目標だ。
結局、人は、人からの評価が全てと断言しよう。
「彼は頑張っている」と思われたい。
「あいつは良い奴だ」と言われたい。
「一緒にいると楽しい」人になりたい。
自分が幸せと思えているのは、つまるところ、自分以外の人からの温かい気持ちを受け止めている証拠だ。
最近、特にそう思う。
人は一人では生きてゆけない。
私は一社員でもあり、マネージャーでもある。また、夫でもあり、父親でもあり、誰かの友人や、知人でもある。
そんな自分の役割に対して、今年は具体的な目標を掲げてみた。IT流に言うと、「完璧に動作するためのプログラム」だ。
●重要事項に時間を注ぐためのプログラム
ゴールを見据えた上で行動に移す
メールは午前11時と午後4時の2回だけ確認する
必要のないメールは見ない/ニュースレターを読まない
毎週土曜日に次の1週間の行動予定を立てる
中長期的な目標を念頭に置く
優先順位を決める
月に2冊の専門誌を読む
ミッション・ステートメントを書く
緊急性のある実務以外の時間を日に必ず2時間とる
●社員としてのプログラム
あいさつをする
コーヒーを入れる
掃除をする
笑顔で対応する
電話をとる
客人をもてなす
意思の疎通を行う
与えられた仕事をこなす
社内規則に従う
遅刻をしない
●マネージャーとしてのプログラム
コミュニケーションを図る
社員の手本になる
態度で示す
マニュアルを作成する
教育する
資格をとる
プログラムを作成する
●夫としてのプログラム
心身のケアをする
一緒に考える
話を聞く
●父親としてのプログラム
教育する
一緒になって楽しむ
●友人/知人としてのプログラム
ブログを書く
連絡をとる
遊ぶ
●健康な体のためのプログラム
歩いて通勤する
暴飲暴食をしない
早寝早起きを心がける
原則に基づいて行動する
このような具合だ。この他にも、息子としての役割や北九州市民としての役割、飼い主としての役割などがあるが、恥ずかしいので割愛する。
これが全てできた暁には、今年の自分に合格シールを贈ろう。
現代は情報が溢れていて、時間をつぶすことはそれほど難しいことではない。街は24時間明るくて、インターネットを開けば常時営業中だ。それが故、重要なことに必要なだけ時間を注ぐことの大切さを忘れてしまいそうになる。
楽な方に転がるのは簡単だ。
プログラムはいつも見える所に保管して、手直しできるように鉛筆で書いてある。
それでもここに書いていないことが一つある。
それは「全ては思いやりありき」という「前提条件」だ。
格好悪くても、失敗しても、怒られても、泣いてしまっても、思いやりが先行していれば、全て許せる。
それが人ってものなんだ。
そう信じたい。
おまけ
※「≒」は「ほぼ等しい」という意味のようです。
















